プロローグ




 その昔。
 我々は得体の知れないものに対して、意味を強引につけることでとりあえずの対応をしていた。しかし、時代が進むにつれ、得体の知れないものは「科学」という方法論で理解、制御可能なものとなった。しかし、一方では「科学」を新手の宗教と考える人々も現れた。曰く「どちらも信じるか信じないかに過ぎない」と。しかし、我々人間は例外なく水分が必要である。これは信仰など関係なく、「科学」という例外なき事実である。
 逆に言えば、「科学」は、どんなものよりも我々を翻弄する。たとえどんな感情を以ってしても、それに逆らうことは出来ない。

 次に記す世界も、その「科学」という例外なき事実から逃げることは出来ないのであった。
「何だか、冷たい世界よね」
「いや、それだけじゃないんじゃないか?まやかしや嘘が消えれば、本物の宝だけがはっきりと残るんだから」
「『残れば』…だけどね」
「まあな」
 誰のものか分からないこの会話は、雨の夜闇の中に消えていった。
 
 

@今、春の真ん中

 空を飛び、得体の知れない力で得体の知れないものと戦っていた。そして、いつの間にか名声を得て、いつの間にか祭り上げらていた。そのせいか、ほんの少しでも誰かのイメージの奴隷ともいえる言動を取らなかっただけで、轟々たる非難を浴びせられていた。それはいつの話だったのだろうか?

 気がついたら、私の足は地に付いていた。足どころか、尻や背中まで何か硬いものと接していた。眼前には、黒い板を見る複数の人々。黒い板の前で何かを話す一人の人。
 そうだ、私は今講義を受けていたのか。
「そして、この波動に対してフーリエ変換を適応すると、テレビゲームをしたときと同じ値が出てきます。この波動は、学者が私を論理的に批判したときの脳波で」
 よく分からん。

 間もなく念仏の時間が終わった。特に何も考えず、私は部屋の外に出た。
 何もない廊下を通り、特徴の無い扉を開け、ありふれた芝生の上に到着した。
「さてと」
 そして今、眼前には沢山の文字が広がっている。

――国際化社会の中で、一市民としての国際協力を…

「あーーよく分かんね」
 そう呟きながら、私は本を閉じた。先月図書館から講義の復習の為に借りた「新説 国際関係論」なる本は、私にとっては難しすぎたようだ。
 とりあえず、この本は、枕の一部になることが決定した。
 
 小春日和の中、私は一人中庭の芝生で本二冊を枕に寝転んでいた。その枕に、もう1冊さっきの本を加えた。
 うん、私としてはこれくらいの高さが良い。
「さてと」
 難しい本を読んで眠くなってきたので、もう一眠りすることにした。被っていた帽子を顔にのせ、目を瞑った。

 『あなたは数年後に交通刑務所から帰ってくるけど、かがみは帰ってこない!!!』
 …。
 ごめんなさい!
 ごめんなさい!
 …許してもらえないのは分かってます、ごめんなさい!
 東海林さん、インタビューはやめてください!!


「魔理沙ってば!」
「…おぅあ!!!…良かった、アリスか」
「いや、あのさ、どうしたのよ」
 巨大な乗り物に乗って、ちょっとした手違いからツインテールで釣り目の女の子を轢いて、青くて長い髪を持った背の低い女の子に責めら れた夢を見ていたようだ。夢で良かった!
「寝てたぜ」
「寝てたって…この後必修の授業じゃないの?急がないと」
「一回二回出なくてもばれないだろ」
「何言ってるの!そう言って先週も休んだんじゃない!単位落としたらあんたが大変なんだからね。ほら!」
 アリスは私の手を引いて教室に連れ込んだ。
「分かった分かった」
 しゃーね。たまにはあのつまらない講義にも出てみるか。

「…つまり、現実を万人に向けて説明する体系的な論理、考え方の集合である科学が発達することによって、魔法は廃れたわけでして」
 講師が何か話しているが、全く頭に入らない。何故なら、今までこの講義はろくに出ていなかったからだ。それと、 さっきの場所に帽子を忘れてきたからだ。
「帽子拾われてないかな…」
 真面目にノートをとっているアリスを尻目に、私は窓の外ばかり見ていた。もっとも、窓の外を見ても私の帽子は見当たらなかったわけだけど。

「ということで、今日は此処まで。次回小テストします」
 講義が終わった。
「じゃ、アリス、私急ぐから」
「ちょっと、ま…」
 アリスを置いて私は中庭に急いだ。帽子が回収されてないことを願いながら。

「あれ?」
 ふとキャンパスの出入り口近くの廊下にいた人間に目をやった。そいつは、私の帽子を持っていた。
「ちょっといいか〜って」
「あ…」
 そいつは私の知り合い、パチュリーだ。
「おーす、久しぶりだな〜」
「そうね…」
 こいつは大学のキャンパスと図書館、あとは自宅の屋敷以外は出歩くことがない。よって、ろくに講義に出ない私と会うことは稀だ。たまに図書館で会うけど、私は本を借りることしかしないので、滞在時間は短い。
「網走の夜は寒かったか?」
「…その言葉、あなたにそのまま返すわよ」
「東京拘置所もつけてか?」
「…家裁で勘弁しておくわ」
 相変わらず、早口で小さな声だ。
「そうだ、帽子いいか」
「…やっぱり魔理沙の帽子だったのね」
 パチュリーから帽子を受け取った。
「くるりんぱっと…おおぅ」
 竜ちゃんのように被ろうとして、失敗した。魔法帽じゃでかすぎたようだ。
「そうだ、パチュリーこれからどーすんだ?」
「えと、図書館に行くけど」
 私は数十秒ほど考えた。これからの予定と、現在の気分を照合して、次の結論に辿り着いた。
「私も一緒に行くぜ」
どーせ暇だし、借りたい本もあったからついていくことにした。パチュリーは何も言わず、図書館のほうへ歩いていった。飛んで五分歩いて二分の場所だし、私も一緒に歩いていった。
「パチュリーのお勧めって何かあるか?」
 黙っているのも暇だったので、何気なくこう質問した。
「…私は、最近魯迅かな…」
 渋いな…。らしいけど。
「倖田來未見てたらふと読みたくなって…」
 江沢民?いや、倖田來未?
「毛沢東双六とかもか?」
「…語録じゃない?」
 あれ?毛沢東が中華人民共和国建国から文化大革命から千駄木でラーメン屋を始めるまでの人生を描いた双六じゃなかったのか?衝撃の事実だぜ!
「なあパチュリー、私は今とても驚いているんだけど、何故か分かるか?」
「…」
「分からないのか」
「…」
「それじゃ、正解は…おい!」
「……い」
 持病のジステンパーの発作らしい。
「どこの犬猫病院に……後が怖いから素直に電話してくるぜ!」
 まさかこの数分後、警察(らしきもの)に叱られる自分が居るとは…。まあ、番号間違えたら怒られるよな。担架を呼ばないと。

 まもなく、担架が来た。
「…いつもの発作。ちょっと休めば大丈夫よ」
 担架に運ばれたパチュリーは、そう呟いて去って行った。
 病院なるものが近くにあり、パチュリーはそこに運ばれていったようだ。とりあえず紅魔館のメイドにも電話をしたが、誰もでんわ状態…出なかったから後で再びかけることにした。いい加減留守電機能くらいつけろよ!
 



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